研究開発本部長 黒田堯 氏の回答




昭和 61年 3月 20日

私は 現在 マツダ車の研究開発の総指揮をとっておりますが、昭和36年来 現 山本社長と一緒にロータリーエンジンの開発初期から ロータリーエンジンと共に生きて参りました。

したがって 貴殿のお手紙を拝見して 本当に有り難く ロータリーエンジンにたいする情熱が沸き起って 自ら筆をとりました。 もしおわかり難い点がありましたら 遠慮なくご指摘下されば幸いです。


以下 貴殿のご質問にお答えいたします。




[1]  ロータリーエンジンの燃費、出力



ロータリーの燃費は 今後 改善すべき最大の課題です。  特に、ご指摘のように、ルーチェ級の車で比較したとき、常用燃費は 10モードのような都市部で使った時 レシプロエンジンに比べて 15〜20% 劣っていることは事実です。
逆に、高速道路を主体にした走行では、 その差はきわめて少なく、ロータリーの方がよくなる場合があります。
これは エンジンが持つそれぞれの特徴からくるものです。  人間でもそうであるように すべての領域で 人より優れることは むつかしいように エンジンでも それぞれ長所 短所があり、当然 使い方によって燃費にも差がでてきます。




今 エンジンを 燃費と性能の両面から比較すると


性能の順位 燃費の順位
ジーゼルエンジン
ガソリン レシプロエンジン
ロータリーエンジン
ガスタービン



となり ロータリーエンジンは 本来 レシプロエンジンとガスタービンの中間に位置する性格をもっています。  
したがって ロータリーエンジンにとっては、どちらかと言えば 市中を  ゴソゴソ走るのは得意ではないのです。
RX−7のようにスポーツカーに一番向いております。


しかし、最近 レシプロエンジンも DOHC 24バルブ ターボなどで ロータリーの性能に迫ってきており ロータリーとしても安閑としてはおられず 燃費の改善を含めて性能の向上で再び差をひろげるべく頑張っているのが実情です。
この一端を同封の資料でご理解頂ければ幸いです。

エンジンの性格を より誇張して比較しますと下の図のようになります。





エンジンの出力 イコール シリンダー内のエネルギー マイナス エンジンの抵抗




ロータリーの場合には、エンジンの抵抗が レシプロエンジンのような複雑なバルブ駆動がありませんから高速になればなる程有利です。


一方、シリンダ内のエネルギー効率については、色々の要素が関係しますが 何といってもシリンダーの内部の気密性と、燃焼室の形状が主役です。

気密性については 水鉄砲を考えて頂ければおわかりのように、しっかりとポンプの水密が保たれないと水はよく飛びませんし、またポンプを押すスピードがおそければおそい程 水のスピードも落ちます。


エンジンも同じことで ロータリーの場合、構造上 気密の点でレシプロよりも劣っており、それをカバーするためには エンジンの回転を相対的に上げてやる必要があります。
ロータリーのエンジン性能、燃費が低速で良くないのは これが原因です。
逆に、高速では抵抗が小さくなり、気密も良くなりますから 高速性能が良くなるわけです。


したがって、ロータリーの低速トルクの不足をカバーするためには 車に積んだ場合 ギャー比を大きくとって発進性の改善を行っていますが、そのことは 逆に燃費の値を悪くします。

ロータリー車の実用燃費がレシプロ車に比べて悪いのは このギャー比の影響があることをご理解下さい。




[2]  爆発とトルクの関係



ロータリーエンジンの作動原理を わかり易く一言で言えば 図のようになります。





図でおわかりのように、ロータリーにも シリンダの内部の爆発力をピストンが受けて、これをクランク軸に  として (正確には 回転力)伝えるためのクランク腕  があるのです。 ただし レシプロとの違いは、ピストンとコネクティングロッドが一体になっているので、ピストンに往復運動が生じないことです。

つまり ピストンの径が非常に大きく、クランク腕  が非常に短かいレシプロエンジン (ただし、コネクティングロッドが無い )と考えて頂ければ良いわけです。


このことをご理解頂ければ、疑問点としてあげておられる シリンダ内の圧力分布が エンジンのトルク発生にマイナス作用をしているのではないかとの疑問は解けるのではないでしょうか。

つまり、シリンダ内の圧力 ( P1、 P2、 、、、P5、 P6)は、ある瞬間をとってみれば シリンダ内で 常に一定であり、ピストンの移動によって刻々変化しますが、その刻々に発生した爆発力の合力は 図の PG ( P1 + P2 + 、、+ P5  + P6)となり、それが Ft と PB に分解すると Ft が軸をまわす力となるのです。   PB は軸受けに作用します。
( ↑ この欄の記号は マツダ社への質問  図 1 参照  クリック )


ロータリーの場合 ピストンの長さが長いので いかにもピストンを逆に回すような印象を持たれるかも知れませんが、決してそうではなく、この関係は レシプロエンジンと全く同じなのです。


むしろ、レシプロエンジンでは ピストンはシリンダーの内で上下運動をしますから、上死点で急激に  ↑ ━ ↓ に運動が反転しなければならず、この慣性によるロスは高速になればスピードの2乗で大きくなります。  レシプロの泣き所です。   ですから、レシプロが振動で苦労するわけです。

その点 ロータリーは このような往復運動が無く、一方向にのみ回転するわけですから、振動もなくなめらかな運転となります。




[3]  排気と吸気のオーバーラップについて



これは貴殿ご指摘の通り、一般にロータリーの低速運転の 不斉爆発 ( 2サイクルエンジンのそれとよく似ています ) は 排気が吸気ポートに吸い込まれることによるのです。


WANKEL エンジンの初期は、吸気も排気も トロコイドハウジングにある いわゆる ペリフェラルポートのものでした。





このタイプは、高速性能は良いのですが 低速で 排気が吸気に容易に漏れて 不斉爆発を起しやすいのです。

したがって、マツダでは、開発の初期にこの問題を認識し、すぐにサイドポート方式に切りかえ大きく改善して今日に至っています。

ご指摘のように、このオーバーラップは 排ガス 特に HC, CO に悪影響をもたらしますので、できるだけ オーバーラップの少ないポート形式にするかが開発の鍵を握るわけで、同封の研究論文にもあるように、吸気を分割した 6ポートなど新技術の開発によって現在では大変な進歩を遂げています。



[4]  ローターの燃焼室形状



ローターの燃焼室形状については、貴殿のご提案は立派です。

すでに私共も 燃焼室の形状についてはこれまで 200以上のものをテストし、その中には貴殿が提案されたものと全く同じものがあり、1970年代にアメリカ向に排ガス対策用に生産したエンジンは 貴殿の提案のものに良く似ています。



しかし、その形状を決めた根拠は、貴殿ご指摘のオーバーラップ面積を減らす目的と同時に、図のように 上死点直後の燃焼を改善して排ガスの HC, CO を減らすのが目的でした。


←  この部分の容積を出来るだけ球形に近づけて燃焼の改善をはかる。


ただ、あまりみを前方に移すと排ガスはある程度良くなるのですが、燃焼おくれによりパワーが低下する傾向にあります。

現在採用しているみ形状は、やや前方に移し、排ガスやパワーのバランスをとって決定されたものとなっています。

同時に、このみの位置形状は、スパークプラグの位置や、吸排気ポートの設計とも密接に関係するのは当然です。






ともあれ、非常にロータリーの本質に触れる鋭いご指摘は ロータリーに生命を賭けた私にとって何よりも嬉しく、情熱をかき立てられました。


上に述べましたように、ロータリーはロータリーとしての長所、短所を持っております。
この短所の改善を積極的に努力することは当然ですが、人間と同様、その人の持っている 他人には無い長所を更に伸ばしてやることの方がより重要です。

ロータリーの燃費をジーゼルなみにしようとしても労多くして実りは少ないのです。


お客様は エンジンを買うのではなく、そのエンジンが乗った車が、自分をどれ程満足させるかに価値を見出すものです。

したがって、私共はロータリーの持つ、高出力、振動のない滑らかさの本位的長所をもっともっとアピールできる事づくりを目指しています。

3ローターや、その他の新しい改新的な技術も遠からず実現しますのでご期待ください。




前文、後文以外 全て 黒田堯 氏の文章のまま




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